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布施

「お寺さんにいくらお布施を包もうか」

仏事の謝礼として僧侶に渡す金品を指しますが

親切な行いも、温かい言葉も、優しい笑顔もまた布施なのです

僧侶がお経を読み、法話をして、人々に法を説くことも、もちろん布施なのです

そんな布施とは、サンスクリット語のダーナの訳

読んで字の如く、布を施すことから始まります。お釈迦様のいらした時代、仏弟子は御衣をまとって修行しておりました。それもきれいな布ではなく、ボロの布であったり汚れたものであったり、そういったものを拾ったり頂いたりして、自分たちで縫い合わせて衣を作ったのです。このことから、仏弟子に布を施すことを布施といい、布だけでなく、あらゆるものや行為も布施と考えられるようになりました。

しかし、変わらないのはその精神です。

自分から与えるものであり、サービスの対価ではありません。

大学生のとき、先生に「布施なきお経を読みなさい。布施なきお経が読めたら一人前」と言われました。見返りを求める心を捨てたお経、その心が感得できれば一人前ということだと思います。

しかし、その後こんな話も聞きました。

「布施なきお経を読むな」

かなり傲慢なお坊さんが言った言葉だなと思いました。よくよく調べてみますと。こんな意味があるそうです。思わず、お布施を出したくなるような素晴らしいお経あげなさい。

よくわからなくなりそうですが、

私は毎日お勤めをして「布施がないお経」をあげて

そして、法事などでは「布施なきお経」にならないように

しっかりと心を込めてお経を読みたいと思います

ちなみに、サンスクリット語の「ダーナ」は

日本では、金銭や恩恵を与えてくれる人から「旦那」と変化し

西洋では「ドナー」と変化しました。

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